ゆりかごから墓場までってなに?

福祉国家を象徴する表現に「ゆりからごから墓場まで」という言葉があります。20世紀の半ばにイギリス労働党が、社会福祉政策のスローガンとして打ち出したものです。「ゆりかご」すなわち生まれたときから、「墓場」すなわち死ぬまでの間、一生涯を国民を国家が守る仕組みを構築しようという政策でした。生まれてから死ぬまで安定した生活が保障されるのであれば、これに反対する人はいないでしょう。イギリス国民全体が賛同し、この国は世界に例のない福祉国家を目指し始めました。

大航海時代以来、属国にしてきたアフリカやアジアの国々の労働力を背景に、18世紀後半には産業革命を起こして、イギリスは最も豊かな国となり「世界の工場」として栄えました。第二次世界大戦では大きな被害を受けたものの、もともと持っていた豊かな財力によって、充実した社会保障を志向することができたのです。誰もが「素晴らしい」と考えるような制度には、必ず落とし穴があるものです。世界の多くの国々が憧れたこの政策は、やがてイギリス自身を苦しめ始めます。


永久に続くものなどない!?

国民全員が無料で医療サービスを利用できることを柱とした社会福祉システムは、イギリスという国が未来永劫豊かであり続けるという妄想を前提としていました。第二次世界大戦で一応は戦勝国となったイギリスには慢心があったのかも知れません。一度歯車がうまく回転できなくなると、悪循環が始まるシステムを誇らしげに導入してしまいました。結果として「ゆりかごから墓場まで」は財政を破綻させ、誰もまともな医療が受けられないほどにしてしまいました。社会保障は「肥大化する」という宿命を持っています。

すべての国民に無料の医療を提供するという試みは夢のようなチャレンジでしたが、その原資は「税金」です。国家が高い成長率を維持しているときには税収も豊かですが、成長が鈍れば税収も下がります。また、課税率が高いと経済成長の足を引っ張り、結果として税収を減らします。イギリスはまさにこの罠にはまりました。資金繰りができなくなったのです。


タダなら使おう、いくらでも!?

社会保障を充実させるために税率を高くしたことによって、経済成長が減速し税収が減って社会保障を維持できなくなりましたが、破綻の要因はそれだけではありません。医療をタダで受けられれば、誰もが大した病気でなくても医者に通うようになります。無料で薬を配る薬局があれば誰でももらいにいくでしょう。病院の利用率が高まり、医療費が増大しました。収入が減るのに支出はどんどん膨らむという悪循環が起こります。結局、イギリスは大きな政策変更をせざるを得なくなりました。

80年代には医療サービスの質低下が起こり、優秀な医療従事者たちの国外流出が止められなくなります。病院の診察待ちが「数ヵ月」などという異常な事態も発生しました。世界に類のない「医療の崩壊」が起きてしまったのです。

「ゆりかごから墓場まで」とうたったイギリスの社会保障制度は、支出の増加と収入の減少により、破綻してしまいました。成り立つはずのない仕組みは、自己崩壊してしまったのです。世界の多くの国々にとって、貴重なサンプルとなりました。